ナナ子再び

 ほんとはそんな気なんて、なかった。



 最初からそんな気なんて、なかった。



 いまのままでいいと、思っていた。



 少々の不満はあるかもしれないが、それはお互い様だと、思っていた。





 それでも、ことあるごとに誘われ続け、心が揺れてしまった。





 「そんなにいいのか、オマエは?」



 「そうよ、アナタの知らない世界に連れていって・あ・げ・る」



 「でも、オレはいまの世界で満足しているんだ」



 「あら、いくじなし。こちらの世界にいらっしゃいよ」



 「冒険するほど、オレは若くないんだ」



 「一度だけならいいんじゃない。気にいらなかったら戻ってもいいんだから」



 「戻って、いいのか?」



 「もちろんよ。それだけの自信はあるわ」



 「そうか」



 「最後のチャンスよ。わたしもうすぐ、いなくなるから・・・。ねえ、きて・・・」



 「よ、よし!」





 オレはとうとう禁断の扉を開けた。

 誰のせいにするつもりもない、みなオレが決めたことだ。

 分不相応。老いらくの恋と笑わば笑え。

 

 心残りはナナ子。これまで長いあいだ世話になったあいつに、謝罪の言葉もなくボタンを押した。許してくれ、ナナ子。オマエに落ち度はなかった。









 ああ、これからはじまるのか。

 めくるめく、禁断の世界。

 老いた体でも意外と速くなってしまうっていう噂じゃないか。



 ちょっとわくわく。











 し、しかし・・・





 な、なんじゃこりゃー!









 97パーセントで固まったまま動かないではないか。



 時計も止まったままで、すでに5時間が過ぎた。



 ハードディスクのアクセスランプは点きっぱなし。





 オ、オレはテン子にだまされたのか!



 10年前のマシンT60P、老いらくの恋が終了しましたってかー。

 あああ、マウスもなんにも動かなくなったあ!





 テン子のバカヤロー!



 ナナ子ぉ。

 ねえ、戻ってもいーい?



 テン子との関係は強制終了するから許してくれよぅ。



 電源スイッチ長押しするからさー。・・・プチッ!







 ・・・画面が変わった。



 そして、そこには懐かしいナナ子が再び・・・







 いないし・・・ ( ̄∇ ̄;) 



 真っ黒画面のままだし。



 マウスしか、いないし w(゜o゜)w

 

 ナナ子、許して。

 えーん、許してー ヾ(__ヘ)☆\(▼▼#) ばきっ









*その後、セーフモードから起動し復元ポイントを使って元に戻りました。

 歳とった人は、誘惑に負けるととんでもない世界が待っているって学習しました。えーんえーん。






uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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