妻を泣かした話

 いま高校三年の息子が、まだ妻のお腹にいたころの話だ。
 勤めから「ただいま」と帰ってきた妻に「おかえり」と迎えたあと

 「…」と言いかけてやめた。


 必ず言わなければならないことなのに、なかなか言い出せなかった。

 わたしの挙動に気づき、じっと顔を見つめた妻だった。おそらく、わたしがなにを言おうとしているかわかっていたと思う。


 入院は決まっていて職場から休みはもらっていた。しかし、ベッドの空きがなく、一ヶ月ほど自宅療養をしていた。

 その間も、痛くて苦しくてしょうがなかった。食後に必ず襲う腹痛。もう、なにも食べたくなかった。


 当初は胃炎と言われていたのに、じつは胆のうの異変だった。それがわかったときには、すでに修復不能になっていた。



 「電話がきた。明日入院になった。ベッドが空いたって」と、告げた。

 


 妻はわたしの胸にすがりついて、そして、泣いた。

声を出して泣いた妻は、そのときはじめて見た。


 しばらく泣き続け、真っ赤な目と鼻になった顔をあげた。


 そして、

 「どんなに心配しているか、わかったか」と、ちいさな声で言って、部屋に入っていった。


 病気に負けていられないと、思った。

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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