ヨン

 けっして強いチームではないが、だからといって弱いチームでもないある公立高校バスケットチームの話。
 ヨンというニックネームの選手がいた。人懐こくて親切で、みんなはヨンのことが好きだったし、ヨンもみんなのことが好きだった。




 そのヨンが、練習中に怪我をした。左ヒザの靭帯をかなり強く傷めてしまったのだ。


 じつは数日前にも傷めたのだが、高校生活最後の大会に出るために、平気なフリをして練習していた。

 しかし、今回は決定的。もう足が動かなかった。
 もちろんドクターストップだ。

しばらくは安静にするように。運動なんてとんでもないと言われた。
 ヨンは声を出して泣いてしまった。

それは痛みのせいじゃなく、二日後にある高校生活最後の大会に出られないから。


 くやしくてくやしくて、みんなの前で初めて声を出して泣いてしまった。


 大会当日、ヒザに包帯をグルグル巻いてヨンはコートの外で応援していた。いままでいっしょに練習してきた仲間たちに「がんばれー」って精いっぱいの声を出して応援した。
 試合は接戦。どっちが勝つか、最後までわからない状況。


 後半の途中、選手たちがコーチに言った。

 「ヨンを出してください」と。
走れないヨンはゴールの下に立っていてくれればいいから。

あとはオレたちがボールを回すから。

先生、オレたち勝つから、だいじょうぶだから、ヨンを出してください。


ヨンはこれはで一生懸命がんばってきたんだ。ヨンがいたから、みんながんばったんだ。

最後の大会のコートを、ヨンといっしょにいたいから。
 コーチの決断。

 「よし、ヨン。用意しとけ」と。
戦いの作戦としては最悪だろう。

相手チームにも、失礼かもしれない。

それでもコーチはヨンを出そうと決断してくれた。


ヨンが出たぞ。ヨンがコートに立ってるぞと、みんな喜んだ。


いっしょに練習してきたヨンが試合に出られたぞ。よかったな。オレたち仲間だもんな。よかったな。
仲間たちは走りながら泣いていた。
ヨンにボールが回ってきた。

動けないヨンは、そのボールをそのまま下からひょいと投げた。それが入った。ヨン、高校生活最後のゴールが決まった。
 試合が終わり、仲間たちはみんな泣き続けた。

 鬼のコーチも、いっしょになって泣いてしまった。
 

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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