読めません
講演会で父のことをよく話すのですが、父のことがきらいでした。憎んでいました。
でも、父が倒れた日に後悔しました。憎んでいたつもりでしたけど、父のことが好きだって気づきました。
父が倒れた話を読者に報告したのはいつだろうと思って見てみたら、その翌週にエッセイが載っているのですね。
倒れてすぐにエッセイを書いたようです。でも、そのこと、覚えていません。無意識で書いたようなエッセイです。
校正で直されていましたが、こちらに残っている文章では、かなり乱れていました。
こんど講演会でこれを朗読してみようかなと思ったのですが、ダメでした。読めません。
家族っていいなあPart1から
21倒れた父8/20
父が倒れた。お盆の前の日、奥の居間で。うつぶせで、震える右手を前に伸ばし、なにかをつかもうとするかのように、もがいていた。
その日の夕方、トイレの配線工事にきていた電気屋さんに「さあ、こちらでお茶をどうぞ」と居間から声をかけ、倒れたのは、その直後だったらしい。部屋に入った電気屋さんが父を見つけ、大急ぎで二階の私に知らせてくれた。
震える父の手を握りながら、私は119番に電話した。父以上に、私が震えていたかもしれない。
「右脳の三分の一が壊死しています」と、断層写真を見せながら、お医者さんが説明してくれた。熊が無造作に爪で引っ掻いたような、白く太い傷が何本か写っていた。脳梗塞。七十一歳という年齢では、予断を許さぬ状況らしい。
その夜は付き添いとして、父のベッドの横に寝た。父と寝るのは何十年ぶりだろう。私が子どものころ、父はいつも手の届くところで寝ていた。「父ちゃん・・・」と言いながら、父の顔を触っていたことを思い出す。
苦しいのか、父はタオルケットを何度もはねのけて、私はそのつどかけなおした。
ねえ、父さん。オレはいまよりももっとすごいモノカキになるつもりなんだ。だから、これからもオレの書いたもの、読んでくれよ。そして、いっぱい喜んでくれよ。
父さんはまだ夢の世界にいるようだけれど、早くこちらに戻ってきてほしい。正気になったら、自分の体が少々不自由になったことに気がつくだろう。
でも、それが不幸だなんて、思わせないよう、家族みんなで父さんを守る。生きている幸せのほうが、ぜったいに大きいんだ。父さん、これからもしぶとく生きてくれなくちゃ嫌だよ。
オレだって弟だって、いくつになっても、父さんの、頼りない子どもなんだからさ。
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