情熱的なご挨拶

忘れられてしまわれそうシリーズ
「情熱的な挨拶」
 
 旧亀田町にある体育館の駐車場から、車を出そうとエンジンをかけた直後の出来事でした。


 反対側から、ややふくよかな御婦人が、両手を上にあげながら大きな声で「はーい!」と走ってきたのです。年のころなら四十代の前半というところでしょうか。汗ばむ陽気にもメゲず、上下ともポリエステルらしき真っ赤なジャージを着ています。そして上にあげた両手はゆるやかに揺れ、まるで波にただようワカメのよう。さらに足は華麗にスキップという、かなり情熱的な走り方でこちらに迫ってきています。


 「誰だ誰だ? 丸い顔、赤いホッペ、赤いジャージ、ポッチャリ、踊る女性」と、目の前にある情報のすべてを読みとり、わたしの脳に貯えられている記憶と照合し答えを引き出そうと試みるのですが、ぜんぜん思い当たる人がいません。


 しかし、こちらが知らなくともあちらが知っていることもよくあることで、どこかの講演会でお会いした人かもしれませんし、妻の知りあいだったり、わが子の同級生のお母さんだったり、遠い遠い親戚だったりするかもしれません。


 そんな可能性はいくらでもありますから、ここで無愛想な対応をしてしまうと、「あーら藤田さんったら、ちょっとBSNのふるさと散歩で読まれるようになったからってエラそうにしちゃって、いやねー」と言われたりするのも不本意です。


 そういうわけで、わたしもあちらを知っているフリをしようと思いました。しばらく話をすれば相手を知るヒントを得ることができるかもしれませんし。


 覚悟を決め車から降りたわたしは「はーい、こんにちは!」と、百年前から知っているような笑顔で彼女同様両手をあげて挨拶をいたしました。


 すると、わたしの姿を見て、とつぜん彼女の動きが止まったのです。


 両手を上にあげたまま、笑顔で見つめあうオトコとオンナ。


 そしてしばしの沈黙のあと「ま、まっちがいましたー!」と言いながら彼女は回れ右をして、いまきた道をスキップしながら戻っていったのでした。


 その後ろ姿を見ながらホッとすると同時に、一人くらいこんな情熱的な挨拶をしてくれる友だちがいるのも楽しくていいなと思ったのでした。

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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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