ひとつの終わり

 わたしが子どものころだから、もう半世紀も前のことになるけれど、あのころは12月に入るとサンタクロースの長靴が駄菓子屋の奥に飾られたものだ。
 
 厚紙でできた、赤い長靴だった。
 
 そこにはお菓子がいっぱい入っていて、長靴の上からも顔を出していた。見えないところにもお菓子がいっぱいあるんだろうなあと思った。
 
 ほしかった。値段は100円だった。
 
 そのころの小遣いは一日10円。
毎日10円もらって、その店の量り売りのお菓子を買っておやつにしていた。
10円出して、紙袋にお菓子を詰めてもらうのだ。
 
 サンタクロースの長靴を買うには、毎日のお菓子を我慢しなければいけない。
 10日我慢すれば100円貯まる。それは知っていたけれど、10日も我慢するのは辛かった。なんどか誘惑に負けてお菓子を買ってしまい、100円貯まったのはクリスマスイブ当日だった。
 
 10個の10円玉を握りしめ、「サンタクロースの長靴ください」と言って、店のおかあさんに手渡した。ふくよかで快活で、そしてわるい子には容赦なくカミナリを落とす、ちょっとおっかないときもあるおかあさんだった。
 
 おかあさんはわたしからお金を受け取り、手のひらに載せて、その数をかぞえた。2回数えて、そして言った。「10円足りないな。90円しかないよ」と言ってわたしの目の前で広げてみせた。
 
 わたしもおかあさんの手のひらの10円玉を指でつついて数えてみた。
 
 たしかに9個しかない。
100円貯まったと思いこみ、しっかり確かめもしないで走ってきたのだ。
 
 ガッカリうなだれたわたし。
 
 
 そんなわたしに、おかあさんは長靴を渡してくれた。
「10円、おまけだ」と言って。
 
 
 
 その店が、今日で終わる。
ありがとうは、わたしのほうです。
 
 

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