白い傷

わシリーズ
「白い傷」
 
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 大学生の息子がまだ小学生のころのことでした。

 息子がテコンドーの試合を終え、傷だらけで控え室にいた夢を見ました。


 わたしは隣のコートで審判をしていたために、気になりつつも息子のセコンドにつくことができません。それで息子は、だれも応援してくれる人のいないコートで、一人で戦ったのでした。


 ようやく駆けつけたわたしを見つけ、息子は「お父さん、ぼく負けちゃったんだよ」と、弱々しい声で告げました。顔じゅうにできた白い傷が、一方的に負けたことを物語っていました。


 「でも、泣かなかったよ」と息子は言いました。どんなに痛くても、試合中はけっして泣いてはいけないというわたしの言いつけを守ったのでした。


 テコンドー協会の役員というわたしの都合で、幼いときからテコンドーをやらせられ、出たくもない試合に出させられ、さらに怪我までしているのかなあって思ったらせつなくて、「お父さんは自分の都合でオマエを苦しめていたのかなあ」って言いながら息子を強く抱きしめていました。


 そこで目が覚め、ハッと横を見ましたら、息子がバンザイをした恰好でスヤスヤと眠っていました。その顔のどこにも傷はなく「ああ、夢だった。よかった」と心底ほっとしたのを覚えています。


 息子は、わたしの思うとおりに育とうとしていました。わたしにほめられたいからと、辛いことにも我慢してがんばっていることがよくわかりました。


 そんな息子も、じつは、いまはもうテコンドーをやっていません。

 あの夢のあと「小学校を卒業したら、それから先はオマエの好きにしていいよ」と息子には言ったからです。そう言いながらも、まさか本当にテコンドーをやめたりはしないだろうと思っていたのですが、彼は小学校の卒業式のとき「中学生になったら陸上部にいく」と言い出しました。


 親の欲目を差っ引いても、息子にはテコンドーのセンスがありました。それを思うとモッタイナイ気もしましたが、息子の決めたことに応援するのもよかろうと思ったのです。


 息子はわたしの所有物ではありません。これからも、わたしの都合なんぞ蹴とばして、自分のために生きてくれたらいいんです。


 寂しいけれど、そう思っています。
 
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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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