父にせつない発表会
わシリーズ:エッセイ
10年以上前のエッセイです。
ピアノの発表会
小学生の息子のテコンドーの試合と、中学生の娘のピアノの発表会がかち合ってしまった。
息子は大阪、娘は新潟というわけで掛け持ちするわけにもいかず、考えた結果、娘のほうに顔を出すことに決めた。
最近は息子にかかりきりで、娘をほったらかしていたような気がしていたから。
もっとも娘は、わたしなんぞいなくたって平気なようで、いや、悲いけれど、わたしの存在が不愉快な年頃のようだ。
娘が父を嫌う時期、いままさしくそのときらしい。話には聞いていたけれど、わが娘もそんな年頃になってしまった。
プログラムでは、うちの娘は後ろから二番目。
習った年数だけはいっちょまえだが、じつは一人で発表会に出るのははじめてなのだ。演奏する曲も可愛くエチュード。
出演するみんなの緊張がよくわかった。ステージの上で固まってしまう幼い子もいる。その子の親は観客席でハラハラしているだろうなと思いながら見ていた。
そうしているうちにプログラムの順番が進み、娘の番がきた。最初の鍵盤を押してから、あとはもう、「まちがわなければいいな、まちがって、そんなことで、いままで習ってきたピアノの自信を失うんじゃないぞ」って思って聴いていた。早く終われ終われと念じながら。
娘は、最後まで音をまちがわなかった。リズムがちょっと違うかなというところが一、二ヶ所。それだって、この曲を知らない人なら気がつくまい。よくやったよくやった。オマエは本当にがんばった。
緊張から解き放され、席に戻ってきた娘に「じょうずだったよ」と声をかけたのだが、しかし娘はわたしのほうを困ったような顔で一瞥し、すぐに視線をそらした。そして、母親のほうに顔を向けて「緊張したよー」と笑顔で話しはじめたのだ。
黙っていればよかったよ。
わたしのことが、そんなに嫌いなんだったら、やっぱりこなければよかったよ・・・しかし、娘にもどうしょうもない感情なのだろうと思って耐えた。
母娘の楽しそうな会話を聞きながら、わたしは唇を噛んで、じっと耐える。
嫌われたって嫌いにはなれない。
いつかまた、むかしのように、わたしをダイスキな娘に戻ってくれることを、願って耐える。
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