ヨン:わシリーズ

わシリーズ


 「ヨン」


 ある高校のバスケット部に、ヨンと呼ばれる三年生の男の子がいました。
 そのヨンが、練習中に怪我をしました。前から調子のわるかった左膝の靭帯をひねってひどく傷めてしまったのです。絶対安静。しばらくはバスケットなんてとんでもないとお医者さんに言われました。
 
 診断の結果をチームメイトに報告しながら、ヨンは泣いてしまいました。二日後にある高校生活最後の大会に出られないことが、情けなくてくやしくて、ヨンはみんなの前で、初めて涙を見せてしまいました。
 
 大会当日、ヒザに包帯をグルグル巻いて、ヨンはコートの外で応援していました。いままでいっしょに練習してきた仲間たちに「がんばれー!」と、精いっぱいの声で応援していました。
 
 試合は接戦。どちらが勝つのか、最後までわからない状況のまま、第三ピリオドが終了です。
 
 そのとき選手たちがコーチにお願いをしました。
 
 「第四ピリオドでヨンを出してください」と。
 
 「走れなくたって、ヨンはゴールのそばに立っていてくれればいいから。あとはオレたちがボールを回すから」
 
 「先生! オレたち勝つから、だいじょうぶだから、ヨンを出してください」
 「ヨンがいたから、オレたちここにいるんです。ヨンといっしょに、このコートに立ちたいんです」
 
 コーチは苦しみました。
 戦いの作戦としては愚かでしょう。相手のチームからは、たいへん失礼なことをしていると受けとられるかもしれません。
 
 それでもコーチは悩んだ末に、ヨンに聞きました。「ヨン、いけるか?」と。
 
 ヨンは大きくうなずきました。それを見て、「ぜったいに走るなよ」と言って、ヨンをコートに出しました。
 
 「ヨンが出たぞ」
 「ヨンがコートに立ってるぞ」
 「ヨンも試合に出られたぞ」
 「よかったな。オレたちいっしょにがんばってきた仲間だもんな」
 
 試合が終わると、ヨンも仲間たちも泣いてしまいました。みんなでいっしょにバスケットをやってこれたことがうれしくて、我慢できずに泣いてしまいました。
 
 
 鬼のコーチも、あちらを向いて、こっそり泣いていました。
 
 
 
 

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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