きれいな涙で終わらせない

 彼らは、誰よりも感じていた。
 
 これまでに経験したことのない危険が迫っていることは、この街にいる誰よりも、彼らは知っていた。


 危険を知らせる無線が、絶え間なく入ってきていた。 大津波が迫ってきている。一刻も早く逃げなければ命にかかわる。それを聞いて、まっ先に逃げることができた。
 
 
 しかし、その男は半鐘を持って火の見櫓に上がっていった。


 サイレンが鳴らない。
サイレンを鳴らすための電気は、地震直後に止まっていた。
 
 だから、男は力の限り半鐘を叩き続け、街の人々に危険を知らせた。


  カンカンカンと響く半鐘の音。


 「津波がくるぞ-!」


 「逃げろー!」


 喉が破れるほどに叫んだ。


 火の見櫓の上から、海の様子が見えた。
異常な黒いカタマリが、街に迫ってくるのが見えた。
 
 逃げなければならなかった。
 しかし、逃げられなかった。
 
 男は半鐘を鳴らし続けた。
 
 その音は、津波が櫓をへし折ってしまうまで、鳴り響いていた。


  


 海に向かって走っていった男たちがいた。これから津波が襲ってくる危険極まりない海にだ。
 
 男たちはその津波を止めるため、水門を閉めに走っていた。


 水門を閉めただけでは止められない津波かもしれないと、男たちは思った。それでも閉めなければいけないと信じて走った。


 津波は、男たちが閉めた水門の上を軽々越えて、男たちごと飲みこんでいった。


 しかし、それでも男たちの努力はムダではなかった。水門を閉めたおかげで、波の勢いを弱めることができた。たとえそれが津波の力を1パーセント削っただけだったとしても、そのぶんだけ人の命を助けることができた。
 


 消防車に飛び乗った男たちもいた。そして、拡声器の音量を最大にして「ただちに高台に避難してください!」と叫び、車を走らせ地域を回った。
 
 下のほうにいた人たちを上に誘導したあと、逃げ遅れた人がいないか、また下に戻って叫んで回った。



 「ばあちゃん、はよ逃げれ!」「じーちゃん、あがってこいてば!」と力の限り叫び、住民を高台に避難させた。そして彼らは津波に飲みこまれた。




 逃げ遅れた人はいないかと家の中に声をかけている途中で津波に巻きこまれた男たちがいた。介護ベッドの上から動けない老人見つけを、なんとか助けようとベッドを押しながら、外に出た。その直後、みんなの見ている前で、男たちは津波に流された。
 


 意識の消えるそのときに、彼らはなにを思っただろうか。


 「地域住民の安全」だろうか。


 もちろん、それもあるだろう。




 しかし、最後の最後に思ったことは、愛するものたちの無事と、「ゴメン」という詫びの言葉だったのではないだろうか。


 愛する人に「ゴメン」と詫びたかった。
 生きて帰れぬことを、ゴメンと謝りたかった。奥さんにゴメンと、子どもたちにゴメンと、父や母にゴメンと、「悲しませてゴメン」と詫びたのではないだろうか。
 


 あなたたちは、わたしのたちの名誉です。誇りです。
 
 でも、ほんとは名誉も誇りもいらない。


 生きていてほしかった。


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 その失われた命を、わたしたちは美談で終わらせてはいけない。


 「美しいね。いいね。消防団って素晴らしいね」と、他人事のようにそんな言葉で、きれいな涙を流して終わらせてはいけない。


 死んだから尊くなったのではない。最後まで人として生きてきて、消防団として活動してきた人たちだからこそ尊いのだ。


 命を懸けた彼らの行動を、わたしたちはこの先もずっと引き継いでいかなければと思う。
 
日本消防協会の屋上にある殉職者の慰霊碑。
毎日花を生けているそうだ。
 

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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