モモヒキと青春2

「モモヒキと青春」
以前発表したネタの原本といいましょうか、基本といいましょうか、ま、いいんですけど(と、かなりなげやり)。
 
 
 最初にお断わりしておきます。もし新潟に「モモヒキ愛好会」や「モモヒキ普及促進協会」というような団体があるとしたら、このエッセイを読んで怒ってしまうかもしれません。
 
 だからいまから謝っておきます。ゴメンナサイ、わたしはこの冬もモモヒキをはきません。
 
 先人たちの知恵であみだされたモモヒキ。その歴史と機能については、心から敬意を表すにやぶさかではございません。暖かいところから新潟に転勤してきたけれど、モモヒキのおかげで冬のつらさが半減したという人もいることでしょう。


 わたしの友人たちは、「新潟の冬はモモヒキさ」と、さも当然のように言っております。

 モモヒキバンザイ。モモヒキ偉い! とわたしも認めます。それについてはわたしに異論などございません。
 
 しかし、わたしはこの冬もはかないで過ごすことでしょう。


 いえ、寒がりなんです。それも人一倍の寒がりで、11月に入るとすぐに電気敷毛布を使いたがり、妻に「まだ早すぎます」と呆れられているくらいの寒がりなんです。
 
 それなのにモモヒキをはかないのはなぜかといいますと、

 あれはわたしが小学校三年生の秋、もうかれこれ四十年も前のことです。保健室で身体測定があったとき、Kという男がモモヒキをはいてきたMくんに向かって、「おまえ、モモヒキなんて低学年がはくんだぜ。オレたちは中学年なんだぞー」と言ったのです。それがなんか印象に残っちゃって。
 
 そんなわけで、モモヒキをはくことは、あの日のKの言葉を裏切るような、そんな気がしてならないのです。


 幸いなことに、家の中での仕事が多いわたしですから、モモヒキがなくてもなんとかがんばれます。


 それで52歳のこの冬も、モモヒキなしですごそうじゃないかと思っている次第でございます。ええ、はかなかったからと言って、だれがほめてくれるわけでもなく、ただの自己満足。ただね、モモヒキをはいたとき、つまり、オシャレよりも、実用をとるようになったとき、わたしの青春が終わるような気がするのですよ。


 ミニスカの女子高生に負けられない気がして(関係ないけど)。
 
 
 「あら、はこうがはくまいが、もう青春なんてとっくに終わってるのじゃなくて?」と言う妻に、きーっ! と思いながら、なにも言わないシャイなボク(シャイっちゅうかー・・・)。

 
 
 

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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