サヨナラ、先生

サヨナラ、せんせい
 
 大学生の息子が、まだかわいい顔した小学六年生のときのことでした。

 
 その日の放課後、子どもたちの有志数名が集まって、職員更衣室に忍びこみました。それは、S先生のロッカーを調べるためでした。わたしの息子もその仲間に入っていました。

 「そうだ。ロッカーを見れば、きっとわかるぞ」と誰かが言って、「うん、それがいい」と即座に決まった秘密作戦だったのです

 「ほんとはそんなことしちゃいけないんだぞー」って、みんなは知っているのですが、今回はしょうがないと思ったのです。

 オトナたちから聞こえてくる噂が気になって、それを確かめようと先生に聞いてみたら「知らないよ」としか言わないけれど、そのときの顔がいつもとちがう。笑っているのにさみしそうって、子どもたちは、そういう小さな変化に気づいていました。


 「あ・・・」先生のロッカーの前に立ったとき、子どもたちは、黙って顔を見あわせました。なかには、涙目になった女の子もいたりして。
 
 「ほんとだったんだあ」と誰かが言って、「ほんとだったんだあ」と誰かがくり返して、それからみんなでロッカーの扉を触りました。ロッカーからは、すでにS先生の名札が外されていました。


 その日、息子は元気なく帰ってきて、先生のロッカーのことを教えてくれました。


 ボクたちの先生は、ほんとうにこの小学校からいなくなってしまうんだ。ボクたちが中学校にいっても、小学校に遊びにいけばいつでも会えるんだよなって、みんなで話していたけど、やっぱり噂どおりS先生は遠くにいってしまうんだ。そう思ったらガッカリだあ。中学校の帰り道、「おう、元気にやってるか!」って、いつものように大きな声をかけてくれると思っていたのに。そしたら「先生も元気かー!」って大きな声で答えるつもりだったのに。先生がいないんじゃしょうがないな。


 この時期になると、その日の息子の、悲しい顔を思い出します。
 



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