死ぬ瞬間
このところ、「死」に関した本ばかり読んでいる。臨死学だの死ぬ瞬間の人間心理だの臨死体験だの。かなりウサンくさいのも含めて乱読。
いまが明治の時代なら、わたしはずっと前に死んでる。たぶん、三才になる前には死んでいる。
そのあとも、なんども死んでいる。通算で十回以上は死んでいる。いまの時代だから生きていられる。医学に感謝だ。
死んだらどうなるんだろうってことを考えている。
あの世があるとか、ないとか。死んだのさえ気づかないなーんもない世界にいくとか、エネルギー不滅の法則で魂はどこかに残るとか。
ま、わかんない。
わかんなくてもいいや。死んだらわかる。
わかんなくてもいいや。死んだらわかる。
死ぬときにウロタエない自分でいたい。だんだんと衰弱する自分を冷静に見ながら死んでいきたい。最後の最後は見栄はっていきたい。
だから、誤解をおそれずに言わせてもらえば、わたしは余命を告げられるような病気で死にたい。
ホスピスのナースの話では、人は死ぬ瞬間、苦しんでいないらしい。
死ぬ瞬間は、きっと、それまで生きていたご褒美の瞬間だと思っている。きっときっとステキなものが見えるぞって思う。
必ず死ぬのに、どうして生命は生まれてくるのだろう・・・という疑問も、死んだあとにわかるかな。
生きものは死ぬのだと、もうちょっと意識しながら生きていこう。
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