「そりてて」
忘れられてしまいそうシリーズ
第二回
「そりてて」
ソリティアというゲームをご存じでしょうか?
Windowsパソコンに入っているトランプゲームのことです。今回はそのお話です。
それはこの春大学生(現在四年生)になった息子が、まだ小学校一年生のときのことでした。
その日わたしは、締切まぎわの原稿に苦しんでいました。それなのに階下から息子の泣き声が聞こえ、それがいつまでもやみません。だんだんとわたしは腹が立ち、しまいにはドタバタと階段を降りて、妻の前で泣いていた息子を大きな声で叱りつけました。
「うるさい! それ以上泣くと押入れに入れてネズミのエサにしちゃうぞ」と。
なんともひどいことを言う親です。
息子はわたしの言葉に怯えて、泣くのをやめました。静かになったところで、「どうして泣いた!」と、声を荒げて聞きました。息子は泣き声にならぬよう、唇を震わせ息を途切れ途切れに吐きだしながら言いました。
「・・・あのね、ボクね、おとうさんにね、お誕生日のプレゼントをあげようと思ったの」と、指さす先には、小さなお菓子の箱を切り抜いて画用紙を貼った四角い物体がありました。
それを手にとってよく見ましたら、ひらがなで「ごみばこ」「まいこんぴゅーた」と書かれているアイコンが画面のすみに、そして真ん中にはトランプの絵と「そりてて」の文字です。
「ボクね、『そりてぃあ』と書こうと思ったの。でも、まちがって『そりてて』って書いてしまったの。だから、おとうさんにお誕生日のプレゼントをあげられなくなっちゃったのー」と、そこまで言うと、悲しさを我慢できなくなったのか、また大声で泣きだしました。もうわたしは怒れません。
息子はわたしを喜ばせようと、こっそりプレゼントを作っていたのでした。当時息子は、ヒマさえあればわたしのヒザの上に乗って、いっしょにソリティアで遊んでいたのです。
「ねえ、いますごく後悔してるでしょう?」と妻が耳もとで囁きます。わたしは声を出さずに肯いて、泣いている息子を抱いて二階の仕事場に戻りました。
そして息子をひざにのせ、起動しているパソコン画面の「ソリティア」の名前をひらがなで「そりてて」と書き換え、「怒鳴ってゴメンな。お父さんのソリティアは、今日から『そりてて』になった。プレゼント、ありがとう」と、頭をなでました。それを見て息子は泣きやみ、そしてわたしのほっぺを指でつっつき「うん」と言ってくれました。
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