がんがんいこうぜ

「ガンガンいこうぜ!」
忘れられてしまいそうシリーズ4
 
 
 息子が小学校二年のときのことでした。
 ある空手の大会で二回戦に進み、そこで当たった子は同じ二年生でありながら、息子より二回りも大柄でした。
 
 一回戦では、その長身を生かした顔面への前蹴り一発で、開始から五秒で一本取っている強豪です。


 あちらはやる気満々でわたしの息子を睨んでいます。その目を見て、わたしは息子が壊されてしまうのじゃないかと不安になり、怪我をしないよう、適当に逃げまわって判定負けもしかたないと思いました。


 でも、わたしの息子は、睨まれても目をそらさず、静かに相手の子を見ています。


 「ああごめん。お父さんは弱気になっていたよ」と心のなかで息子に詫びて、耳もとでささやきました。
 
 「よっし、ガンガンいこうぜ! オマエは強いぞ」と。その言葉に肯く息子です。


 戦いのマットの中に入ると同時に、息子は親のわたしが手だしできない孤独の拳士(けんし)になるのです。親も覚悟、子も覚悟です。


 「はじめ!」の合図早々に相手の得意の前蹴りが息子の顔面を襲ってきました。しかし、それをうまく避けて息子は左ハイキックを返します。それを相手の子も上手によけました。


 「よっしガードをあげろー。右のミドルだ。よしもうひとつミドル。後ろ回し蹴りだあ。いいぞいいぞ、そのまま中に入りこめー!」と、わたしは夢中で指示を出していました。


 しかし・・・


 強烈な前蹴りが、カウンターで息子のおなかに入りました。苦痛の表情で動きの止まった息子に、主審はすかさず「ダウン!」を宣告し、カウントが入りました。


 「たいへんだ。もうだめだ。タオルを投げよう」と一瞬思ったのですが、さっきの息子の目を思い出しました。息子はタオルなんか望んでいません。


 だからわたしは叫びました。

 「構えろっ! まだ負けてないぞ! 構えろーっ!」と、タオルを力いっぱい握りしめ、ファイティングポーズを取って叫んでいました。


 わたしの声を聞き、息子は再び構えをとり、試合は続行されました。そしてまもなく試合終了のブザー。結果は判定負けです。


 礼をしたあと、負けた悔しさと蹴りの痛みで泣いてしまった息子を、わたしは力いっぱい抱きしめました。そして大きな声で「ガンガンいけたぞ! すごいぞ、えらいぞ!」と賛えました。


 息子は抱かれながらはにかんで、わたしの耳をひっぱりました。孤独の拳士は、またわたしの「甘えん坊」に戻ったのでした。
 
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忘れられてしまいそうシリーズ
拙著:せとぎわの護身術より

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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