魔女のジャブ
わ:シリーズ
「魔女のジャブ」
あれはわたしが44歳の夏の日のことでした。
妻に頼まれ、10キロの米袋を無造作に持ちあげたところ、尾底骨の右の上の辺りでピチッとなにか壊れるような音がしたのでした。
妻に頼まれ、10キロの米袋を無造作に持ちあげたところ、尾底骨の右の上の辺りでピチッとなにか壊れるような音がしたのでした。
そしてそれがしだいに痛みにかわり、ジワジワと周囲に広がっていきました。「魔女の一撃」ならぬ「魔女のジャブ」とでも言うべき、ギックリ腰に準ずる状態です。
台所の床に横たわりモソモソしているわたしを見て、妻は「あらたいへん」と言いながらどこかに走っていきました。
じつはそのその数日前にも、所属しているテコンドーの道場で五十キロのサンドバッグを運んでいるときに、腰にピキッと衝撃がきていたのです。その場でコールドスプレーと湿布薬でなんとかしのぎましたが、そのダメージがまだ腰に残っていたようでした。
さて、妻に呼ばれて「なにごとか?」と当時中三の娘と小学五年の息子もやってきました。
彼らがわたしを助けてくれるのかと思いきや、
「あらヤだ」
「ヘンだあ」
などと、口々に勝手なことを言いながら見ているだけです。
わたしは苦しいときほどヘラヘラと笑顔になってしまうクセがあり、こういうときに同情が集まりにくくて困ります。
娘は、倒れているわたしの目の前にしゃがみこみ「生きてるかーい」なんて言いながら、頭をピタピタ叩きます。「やーめーてー」と、抗議すると「あ、息がある。残念」などと小憎らしいことを言うのです。こんなに苦しんでいるのに誰も同情してくれないのが悲しくて、「ええい薄情者!」と声に出し、わたしは苦痛に耐えて四つんばいの状態まで体勢を立て直しました。
「あら、元気じゃないの」と娘。「なーんだ」と妻。
口々に勝手なことを言い出してますからついにわたしも怒りました。
「オマエたちは、お父さんがこんなに苦しんでいるのに平気なのか!」と。
しばしの沈黙のあと、「えーん、お父さん、ごめんなさーい」と、四つんばいになったわたしの背中に息子が飛び乗って,「ぎゃっ」という言葉を最後に、その日はそれきりダメでした。
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