母とカツ丼を

わシリーズ
「母とカツ丼を」
 
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 毎週火曜日は、父が近所の施設でディサービスのお世話になりますので、日中は母とわたしの二人だけになります。


 先日の火曜日は、ちょっとした気まぐれから母を車に乗せ、ちょっと遠出をしてきました。


 たまには母においしいものを食べさせてあげようなんて、珍らしいことを思ってしまいまして。


 若いころの怪我がもとで、年とってから足がわるくなった母です。いまでは自力で100メートルも歩けなくなりました。この10年ほどは、畑と病院以外にはめったに出かけることのなくなった母は、久しぶりのドライブを喜んでくれました


 長いこと見ていなかった信濃川。いつのまにか広くなっていた道路。大きな県庁。はじめて見るふるさと村。母は子どものように声をあげて喜んでくれました。


 そして、前もって「母を連れていきますから」と連絡していた店にいって、カツ丼を食べました。
 
 カツ丼は、母のリクエストです。それまで母は、新潟名物のタレカツ丼を食べたことがなかったのです。
 
 カツ丼といえば卵とじしかないと思っていた母に、タレカツ丼のおいしさを語ったことがありまして、それで一度食べてみたいと言っていたのでした。

 
 運ばれてきたカツ丼を見て、「わあ、おいしそう」といって喜んだ母でした。

 
 そこですぐに食べるかと思いきや、手をつける前に「ほら、一枚やるよ」と言って、わたしのドンブリにいちばん大きなカツを入れてくれました。

 
 母はいつもそうなのです。外食すると、いつも自分のぶんをわたしにくれるのです。わたしが幼いときから、ずっとそう。


 母はカツ丼を「おいしいおいしい」と言って食べました。

 
 わたしの目の前にいる母は、以前と比べてとてもちいさくなりました。わたしが心配ばかりかけたから、こんなにちいさくなったのでしょう。

 
 そんな母を見ながら、「あと何回、こうやっていっしょに出かけられるのかな」と思いました。

 
 幼いころ、母にくっついて「かあちゃん、いつまでも死なないでね」と言ったことを覚えています。そして、いまでもずっとそう思っています。
 
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 いまの母は足の手術をし、痛みは訴えなくなりました。
 
 そして、ここに出てくるお店は、今月おしまれながら閉店した「トンカツぽるく」さんのことです。おいしいトンカツをいつもありがとうございました。
 
 

uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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