イカ人間

わシリーズ
「イカ人間」
 
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 娘が中学三年の夏の日に、ある駅前の大通りを二人で歩いていました。
その日は娘の通う進学塾の三者懇談会だったのです。


 当初は「友だちに会うと恥ずかしいから、あたしはお父さんと離れて歩くよ」と宣言していた反抗期娘でしたが、それでも1メートル以内の距離を保って歩いてくれました。


 「おとうさん、お願いだから今日はふつうのおとうさんでいてね。楽しいからってはしゃいじゃダメよ」と言う娘に「うん」と答えたわたしですが、娘はいったいわたしをどんな人と思っているのでしょう。頭にネクタイを巻いていつもタコ踊りしているようなムダに明るいオヤジとでも思っているのでしょうか。


 そして、「いい? ぜったいに先生を見て笑っちゃダメよ」と言うのです。「えっ? 先生を見て、笑うのかい、お父さんが?」と聞き直すと、「うん。先生は『イカ人間』なんだ。見たらお父さんはきっと笑うから」と、真面目な顔で言うのです。


 わたしにはなんのことかさっぱりわかりませんが、とりあえず「わかった」と返事をしておきました。


 懇談会の十分前に到着し受付で名のりましたら、「お待ちしてました」と小走りにやってきた中年の先生がいらっしゃいました。


 「よろしくお願いします」と娘と二人頭を下げ挨拶をしたときに、娘が下を見たままちいさな声で「ほら、イカでしょ」と言いました。


 「えっ?」と顔をあげた瞬間、わたしはパニック状態です。
 長方形の顔に三角の髪。ひょろひょろと伸びたアゴ髭がまるでイカの足。
 
 
 どっひー。イカだあ。
 
 
 笑ってはいけない笑ってはいけないと思えば思うほどおかしくなり、息をとめたまま力を入れた体がプルプル震えてきました。


 「どうぞ」と案内された椅子にすわってからも、プルプル震えて下をむき「ああ、神さま助けてください。ここで笑ったら娘に怒られます」とお願いした直後にスッと差しだされた模擬試験の結果。
 
 「あっ・・・」と声が出て一気に笑いがおさまりました。

 
 ああ、なんたる成績。神様に「笑わずにすみました、ありがとうございました」と感謝しつつも、「こんなところでたいせつな願いを使ってしまった」と悔やむわたしでありました。
 
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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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