なにはともあれ

わシリーズ
「なにはともあれ」
 
 今朝もまた「いってきまーす」とパタパタ部屋を出ていった妻ですが、30秒後にまた「たいへんたいへん」と言いながらパタパタ戻ってきました。
 
 「おかえり。早かったねえ」と笑いながら言うと、妻は息を切らして「たいへんなのよ。今朝はここを直してもらおうと思っていたのに、忘れて仕事にいっちゃうところだったわよ」と自分の頭のてっぺんを指さし言うのです。その指の先には、なにやら白いものが。
 
 寄る年波には勝てず、妻も数年前から定期的に髪を染めるようになりました。その染める係は、いつもでわたし。


 じつは我が妻、髪はわたし以外の人に染めてもらったことがありません。美容院にいったほうがキレイに仕上がることはわかっているのですが、家でやったほうが安あがりだし時間もかからないという理由で、毎回わたしに指名がかかります。
 
 妻の髪を染めることができる唯一の人、それがわたし。妻に言わせれば「とても名誉なこと」だそうですが、その名誉にはあまり気づいていないわたしです。
 
 髪を染める日は、夕食のあとビニールの風呂敷を首に巻き「よろしくお願いしまーす」とやってきて、わたしの椅子にちょこんと座ります。


 最初のころは、妻の髪の毛以上に、自分の手や服をまだらに染めていたわたしですが、だんだんと要領もわかってきて、いまではそれなりにキレイにできるようになりました。
 
 しかし、どんなに上手に染まっても、しょせんは毛染め。染めた日からしばらく過ぎて髪の毛がのびてくれば、色のちがいが目立ってきます。
 
 とりあえず、今日のところは部分染めのブラシで白いところを軽ーくなでて、目立たないようにしておきました。


 「よーし、もうだいじょうぶだよ」と妻に言うと、彼女は「どうもありがとうございました」とお辞儀をしたあと、「ああ、いそげいそげ」と言いながら、またパタパタと走っていきました。
 
 ともに白髪の生えるまで。なにはともあれ、妻が元気なことはよいことです。
 
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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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