雪の匂い

わシリーズ:20年前のお話です
 
雪の匂い
 
 この冬は暖かいという予報でしたが、それでもやはり雪国新潟の冬ですから、それなりに気温は下がり、それなりに雪も降ります。


 あの日の朝は、冷たい雨が降っていました。もう起きなくっちゃいけない時間なのに、寒くてなかなか布団から出ることができず、幼い子どもたちといっしょに布団の中で話をしていました。


 「お父さんはねー、雨の音が好きなんだよ。こうやっているととても心が落ちつくんだ」と言うと、娘は「わたしはねー、夏の雨の匂いが好き。乾いた地面が雨を吸うときの匂いがいいの」と言いました。なるほど、それもいい。わたしも好きです。


 「うん、地面が生き返る匂いだね。いいねいいね。そうそう、お父さんは雪の匂いも好きだな」と言いましたら「雪の匂いなんて、あるの?」と聞き返されました。


 当時まだ幼かった娘は、外が雪で真っ白になった朝の、目が覚めたときに感じるあの匂いを知らなかったのです。


 「そっか、まだわかんないよなあ。コドモだもんなあ」とからかうと、娘はスネたふうに「いいもーん」と口を尖らせました。


 そのあと「ねえねえ、それってどんな匂いなの?」と娘に聞かれ、はてさて困りました。


 雪の匂いといえば、雪の匂いなのです。ほかのナニモノでもありません。それをどう説明したらわかってもらえるのでしょう。


 その匂いは、鼻だけではなく、体全体で感じてやっとわかるものなのです。

 その感覚を、言葉で伝える能力が、わたしにはありません。


 それからは、雪の匂いを感じるたびに「うん、これだよ。これが雪の匂いだよ」と娘に伝えていきました。


 最初はぜんぜんわからなかった娘も、数年後の初雪の朝に「ねえねえ、今日は雪の匂いで目が覚めたよ」と言って起きてきたのでした。


 わたしは娘に金銭的な財産を残すことはできないかもしれませんが、どうやら雪の匂いという宝物は、渡すことができたようです。

 
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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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