ハチのこと

 11月11日。



 夜の10時にキャンキャンと鳴いたハチ。

 見にいったら、倒れていた。

 目は開いているけれど、見えているのかどうかわからない。

 その日は、ずっと倒れたままだった。



 その翌日、床擦れがおきると悪いので体を起させてみた。

なんとハチはそのまま立ちあがった。



 左を下にして倒れると立ちあがれなくなることがわかった。

その後も、庭を散歩する程度の体力はあった。



 12月1日

 少し前からご飯を食べない。好きだったクッキーも、これっぽっちも食べない。

 食べなければ弱る。今日、水を飲みながら顔を突っこんで倒れた。



 動物病院に連れていこうと思うが、やっぱりやめる。

 金銭的なことはどうでもいい。ハチが治るというのなら、高くてもかまわない。

 でも、劇的に復活することはないだろう。



 普段から自分の家以外は苦手なハチ。

 16歳という高齢のハチを、見知らぬ場所で延命のために泊まらせると、それだけで心が弱るのではなかろうかと思う。



 だから、家でゆっくりと別れることに決めていた。

 家族も同意した。



 12月2日

 でも、やっぱりダメだ。心が乱れる。

 ハチはもうすぐ死ぬ。このままでは、今日か明日死ぬ。



 朝一番にハチを動物病院に連れていった。

 お願いです。ハチをもう少し生かしてください。



 「じゃあなハチ、またな」と言って部屋を出ようとしたら、ハチがわたしを見た。

 ハチは震えながら立ちあがった。



 おとうさんといっしょに帰るって言ってる。



 ハチ、ゴメンな。今日の夕方のラジオが終わったら、その帰りに迎えにくるからな。約束だよ。







*************



 でも、

 ゴメンなハチ。ラジオが終わったらすぐ家につれて帰るって約束したのに、おとうさんはまた約束を破った。

 今日は連れて帰れない。朝から打ってる薬が効いて、肺の水が減っている。



 ハチ、ゴメンな。病院に入院した方が、ハチは楽なんだよ。





 12月4日

 ハチが日に日に弱っている。

 このままでは病院で死んでしまう。



 酸素ハウスという酸素の出るちいさな部屋を自宅に持ちこみ、ハチをそこに入れて家で最後を見とどけることにした。



 その部屋は明日届くとのこと。



 夕方4時、動物病院にそのように伝えにいったら、ハチはもうほとんど意識がなかった。



 わたしのこともわかるのかどうか。触ると、なにか不愉快なことをされると思っているのか、わたしの指を噛む。



 でも、もう痛みを感じさせるほどの力は、ハチにはない。



 明日までもたないかもしれない。





 先生、今日で退院させてください。



 今夜、家に連れて帰ります。



 まだ酸素ルームはこないけど、家族が見ているところでハチを送ってやりたいです。



 ここに置いても、今夜で死んじゃうかもしんない。



 先生も、「そうですね」と言った。



 ハチ、がんばれ、ハチ。



 おねえちゃんも、おにいちゃんもくるぞ。



 まってろ、ハチ。

 

 

 夜の6時。早く職場を出た妻といっしょに動物病院にいった。

肺にガンができているかもしれないとのこと。



 「しっかりと病気の原因を調べますか?」と聞かれたが、もういい。



 調べなくていいです。





 ハチを抱いて家に入っていったら、娘と息子がいた。



 娘が仕事の帰りに息子のアパートに寄って連れてきてくれた。

 でも、息子はまた夜中の3時までに研究室に戻らなければいけないという。



 みんながハチの回りに集まっている。

ハチハチハチって呼んでいる。



 針のない注射器で、すこーし水を飲ませた。 

ちゃんと飲む。でも、量はほんの少しずつ。むせたらたいへんだ。



 明日のわたしは、午前中に講座の講師だ。娘も仕事。

妻が半日休んで見守ることにした。酸素の機械も午前中にくるかもしれないし。



 ハチが目をつむった。スースーと寝息をたてている。

苦しくないかな、ハチ。いい夢だといいね、ハチ。







 ハチは、12月5日の朝7時ちょうどに、逝った。

息をしなくなり、アゴだけちょっと動いていたけど、それも終わり、だんだんと静かになった。



 もう動かないハチ。



 最後はお父さんがおまえの体をなでていたんだよ。

 わかったかな、ハチ。



 ハチハチ・・・ありがとう。

ずっとそばにいてくれてありがとう。



 ハチハチハチ・・・

 ハチって呼ぶたび、涙が出るよ。



 ハチハチハチ。幸せだったよね、ハチ。

 お父さんのそばにいるとき、うれしそうだったもんな。

 お父さんも、ハチのそばにいるとき、うれしかったよ。

 ありがとう。幸せだったよ、ハチ。



 涙が出るよ、ハチ。



じゃあまたな、ハチ。






uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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