名作(当社比)劇場 「限界」



 「忘れられてしまいそうシリーズ」の名作劇場版です。

 またの名を、玄人むけの裏エッセイ



 2008年にブログに書いたネタですが(最初に書いたのはもっと前ですね)、そこを探しだして読む人もいないでしょう。



 わたしも存在を忘れていたくらいですから。

 偶然見つけたので、少し手直しして発表しちゃいます。





 それは、むかしむかしわたしがPTA会長をしていたときのお話です。





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 「限界」

 

 PTA会長というのは演説が好きにちがいない。

 だって、とりあえず話をフラれれば「待ってました」とばかりに喋るじゃないか。それが、えてして長い。



 ま、普段はそれでいいのだが、ときにはそれが、人としての尊厳に関わる事態に発展することもあるのだ。

 


 先日、市のPTA飲み会にいってきた。場所は、某公共の教員施設。



 飲み会の前に研修会があり、そこで司会をつとめたわたしは、終わった後でぐったりと疲れ脱水状態であった。



 早く水分をとらねば干からびてしまうという危機感にかられ、自動販売機からコーヒーを買いグビグビと飲んだ。



 そのあと腹が減ってしまったので喫茶店に入りトーストセットを食べた。そんでもって、そのあとにまた自販機で缶コーヒーを買って飲んだ。それがいけなかった。





 宴会の席に着いたとたん、腹がゴロゴロしてきた。



 腸内異常発酵、腹圧上昇、外気圧比230パーセント。



 「危険です、このままでは爆発します」という状態になった。



 しかし、PTA会長ばかり集まるこの宴会、なかにはとても偉い人もいる。そんな中、乾杯が終わる前に席を立つには目立ちすぎる。ここは耐えるしかないのだ。



 ああ、なのになのに乾杯直前で市の会長(どこかのPTA会長)の携帯に電話がかかってきた。




 乾杯できんではないか。マナーモードにしろマナーモードに。こら、世間話なんぞはじめるんじゃない。



 オレ、顔面蒼白、腹部膨満。そんな危うい状態。

 


 長い長い電話が終わった。「お待たせしました」なんてテレ笑いするこの会の会長(だから、どこかのPTA会長)を、「オマエ、月夜の晩だけじゃないってことを覚えておけよ」と、心の中で呪った。



 司会者(これもPTA会長)が「えー、皆さま今日はお疲れさまでした。無事に研修会も終わり・・・」なんて悠長に話している。



 ええい、前置きが長ーい。お疲れさまだけでいいではないか。誰もオマエの話なんぞ聞きたくなーい。早く乾杯しろかんぱーい。



 「・・・・では、乾杯の前に、今回お招きした昨年までの理事さんの三人さま(三人ともPTA会長)にごあいさつをいただきたく・・・」

 


 い、いただきたくなーい。

 はっきり言って激しく遠慮したーい!

 積極的に遠慮したーい! やめれー!



 し、しかし、わたしの遠慮をよそに、お招きされた理事さん三人が延々と喋りだす。



 わ、わかったわかった皆まで言うな。あんたは偉い。ワシが悪かった。そ、それでいいんでしょー、ねえ、いいんでしょー!



 もはや限界である、ほとんど便意の最後通牒である。「このままではひどいことになるよキミ」とわたしの大腸が人ごとみたいに警告している。



 い、いや、待ってくれ、ここはひとまず耐えてくれ。もうすぐ終わる、もうすぐ終わるー。ああ、こんなことなら席についてすぐに「ちょっと野暮用が・・・」とかなんとかいってトイレにいっていればよかった。



 あああーんもうダメ、うに子耐えられなーい・・・。




 ということろで三人のあいさつが終わった。三人目の人が、意外と常識人で話が短かったから助かった。Sさん(尊敬できるPTA会長)、ボクは一生あなたについていきます。



 やった、ついに乾杯だ乾杯だ、これでトイレにいける、よかったよかった操は守った・・・と思ったら、こんどは会長のあいさつではないか。



 「週五日制になり生じた諸々の問題を前に・・・」いやーん、ボクはいま教育改革の諸問題よりも、目の前にあるたったひとつの問題のほうが大切なんですぅ。宴会前にそんな小難しい話をするなー、こらー、あほー、タヌキー。



 プルプル震えながら毛穴を開いたまま一点を見つめ、「ほかのこと考えよう、なにか楽しいこと考えよう、ウンコのことは忘れよう、忘れよう、ああ、漏れるー」と思考はデタラメ、脳ミソ錯乱、鳥肌ぶちぶち。



 「では引き続き乾杯の音頭を・・・・」や、やった。


 

 「ただいま御指名にあずかりましたナンタラカタラ(やっぱりPTA会長)でございます。このたびは・・・・」え、ええい、そんなことはどーでもいいではないか。わしゃ、オマエが誰なのかはぜんぜん興味がなーい。頼む、いかせてくれ、いかせてくれー。金なら払う、金なら払うから、早くトイレにいかせてくれー。



 「あ、栓抜きがありませんねえ。仲居さん呼んでこなくっちゃ」



 こ、こら、アホ司会者。責任者呼べ責任者。ワシがこの世の独裁者なら、オメーは生きちゃおれんぞ、うっ。




 あ、あぶなかった。

 しかし、耐えた。わたしは耐えた。なにごともないように乾杯まで耐えた。隣のオヤジにもビールを注いだ。あとは「あ、電話しなくっちゃ」とかいいながら席を立つだけなのだ。



 そう、立った。ちゃんと席は立った。部屋からも出た。

 しかし、部屋から出たとたんに、向かい側の部屋から出てきた理事(もちろんPTA会長)に見つかった。われわれと別の集まりがあり、先に飲んでて上機嫌なのだ。



 「おやー、藤田会長さーん」


 「あ、ども」軽く会釈してその場を立ち去らねばならない。もはやこちらはウンピーがそこまで「コンニチハ」している状態なのだ。不義理よりも人間としての尊厳のほうが大切だ。



 「どーしちゃったんですー、そんなに急いでー、ぐひひーっ」


 ぐひひーではない。ぐひひーどころではないのだワシはっ!

 


 バカ理事を大外刈りで倒しトイレに直行した。ヤツは相当酔っているから倒されたことも覚えちゃおるまい。もうすぐだ、もうすぐ楽になれる。




 ああ、それなのにそれなのに



 「故障」の看板。



 「水が出ません」と註まで入っている。ボーゼンとしているところで先ほどの理事がヨタヨタやってきて「あら、どっしたのー! がははーっ」と背中を思いっきり叩いてくれた。





 このあとのことは、・・・プライベートなことだから割愛する。



 


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 2015年のいまの感想。いやあ、若かったですね、わたしも。あのころの会長さんたち、いまはなにをしているんでしょうね。

 


 気がつけば、わが子は成人しているじゃないですか。ああ、月日の経つのは早いなあ。こんなネタ、もっと続けていいですか?



 





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