想い

 おとといあたりから香りはじめたキンモクセイ。

最初は微かに、そのあと、時間とともに存在を確信させるキンモクセイ。

 

 キンモクセイというとトイレの芳香剤を思い浮かべる人が多いようだが、じつはいまではトイレ用はほとんどなくなり、販売しているのは1社だけとのこと。当時は汲み取り式の香りに負けないために、キンモクセイの強い香りの芳香剤が好まれたそうだが、いまはそういう強烈なトイレが廃れつつあり、その香りも必要とされなくなってきたそうだ。





 わたくし的には、キンモクセイはトイレの香りではない。





 帝王切開で娘を生んだあと、出血が止まらず重体になった妻のために 輸血で駆けつけてくれた男たちがいた。

 

 幸い輸血の前に妻は持ち直し、輸血するつもりでやってきたのに、なんとなくヒマになってしまった男たち。せっかくきてもらったのに申し訳ないとわたしはみんなに謝った。



 そしたら、そこの最年長の人が「バカヤロー、謝るな。今日はフジタのめでたい日だから、オレがメシ奢ってやる」と言って、みんなを産科の隣の飯屋に連れていった。ほんとはわたしがみなさんに御馳走すべきなのだが、そのときは混乱していたせいか、そこまで気が回らなかった。



 

 そして飯屋でなに食べたはずなのだが、それがなんだったか思い出せない。







 テレビでナイター中継をやっていた。





 急に体の力が抜けた。



 不意にボロボロと涙が落ちた。



 よかった。妻も子供も無事だった。





 一緒にいた男たちは、一心にテレビを見ていた。



 いや、見ているフリをしてくれていた。



 

 わたしが落ちついたころを見計らって、

 「じゃあオレたち先に帰るからな。おめでとーう」と言いながら、男たちは去っていった。

 

 「ありがとう。助かりました」と言いながら、わたしは残っていたものを食べた。



 男たちが去って何分か後、わたしも食事を終え「ごちそうさまでした」と言って出口の扉を開けた。





 ドアを開けたらキンモクセイ。

 ほっと優しく薫ってきた。





 毎年、娘の誕生日が近づくと、キンモクセイが咲く。

  







 生まれたばかりの娘の顔を見ていたら、

 「どんな子になってもらいたいの?」と助産師さんが訊いてきた。





 まだよくわからないけれど・・・



 少し考えて



 「幸せになってもらいたいです」と答えた。





 そういう答えを求めた質問ではなかったのだろうが、それしか思い浮かばなかった。





 そして、いまでもそう願っている。



 幸せになってもらいたいです・・・








uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

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