夢の中の喫茶店
忘れられてしまいそうシリーズ:順番に紹介しております
「夢の中の喫茶店」
明け方、わたしは夢の中でコーヒーを飲んでいました。そこはカウンターだけの、ちいさな喫茶店です。じつは、ここにくるのは二回目です。数日前に一度きて、また今朝も夢の続きを見ることができました。
店の名前は知りません。三十代のマスターとママさんが二人でやっている喫茶店です。そして、マスターはいま心の病気で、あまり仕事ができずに苦しんでいたのです。
心の辛さがひどくなると、マスターは背中を丸めてコタツに入るのです。コタツの上にはちいさなウサギ。マスターはときどき「ふうっ」とため息をつき、ウサギに話しかけます。こんなときは、ウサギとしか話ができなくなるマスターなのです。
わたしのいるカウンターの席から、コタツの部屋が見えています。視線を感じたのか、マスターがこちらをむき、悲しげに頭をペコリと下げました。ちいさな声でなにか言っていたようですが、それは聞こえませんでした。でも聞こえなくてもマスターの言いたいことはわかったような気がして、わたしは小さくうなずきました。
「どうぞ」と、ママさんの声がして、カウンターにコーヒーと、手作りのクッキーが置かれました。
この夢の中の喫茶店は、お金は一切かかりません。
「ときどきここの夢を見て、彼のことを思い出してくれたらうれしいのです」とマスターのほうを向きながらママさんは言いました。
奥の部屋のマスターは、さっきと同じように、コタツで体を丸めてウサギを見ています。
「苦しいでしょうね、いまは。わたしも経験があるから、わかりますよ。
でもだいじょうぶ。
必ず苦しみは消えますよ。辛いでしょうが、いまはゆっくり休んでいてください。
あなたは、いまあなたが思っているよりも、ずっとずっとたいせつな人なんですよ。
みんながあなたのことを大好きだから、それで心配したくなるのです。 たいせつな人だから、どうか心配させてくださいと、そう思っているのですよ。
だから、いまはゆっくり休んでいてください」と、ちっちゃな声で言いました。
マスターのかわりに、ママさんが小さくうなずいたところで、目が覚めました。
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