万葉集:ももとせに:恋と舌
今日、父を病院に連れていった。
いや、とくにどこかわるくなったわけではなく、八週間おきの定期的なもの。
先生に「なにか気になるところはありますか?」と聞かれた父は
「舌ばかり出て困る」と言った。
先生は、意味がわからないみたいだった。
だから、わたしが説明した。
「ベロが口から出ちゃっているときがあるんですよ」
「ん、いんじゃないの? 出てもさ」と先生。
「ベロ出していると、婆ちゃんがみっともないから直せって怒るんですよ」
「あ、そう?」
そう言って先生は「いつのまにか舌が出てしまうのだが、そうすると妻が怒るので、それが悩み」とパソコンに打ったのをわたしはしっかりと見た。
こんなことを悩んでいたのだね、爺ちゃん。
しかし、治す薬はなかろう。とくにそれについてはそれ以上のコメントはお医者さんからは、なかった。
そのやりとりを見て思い出したことがある。
万葉集に出てくる大伴家持(おおともやかもち)の和歌だ。
百歳(ももとせ)に
老い舌出でて よよむとも
我は厭(いと)はじ 恋は増すとも
十歳ほど年上の女性である紀女郎(きのいらつめ)にあてた歌だ。
訳は
「あなたが百歳になって、老いて舌を出すようになったとしても、わたしはあなたを嫌ったりはしない。ますます好きになる」である(たぶん)。ようするにラブレター。
むかしから、人は齢をとると口から舌が出るようになるらしい。
上唇と下唇の隙間からヨダレが落ちないよう、舌で栓をするのだろうか。
ちなみに、大伴家持はどうしてこれを歌ったかというと、年上の紀女郎に「好きだ好きだ好きだー!」と告白したのに
神(かみ)さぶと 不欲(いな)ぶにはあらね
はたやはた かくして後(のち)に
不楽(さぶ)しけむかも
と言われてしまったからなのだ。
えーと、これを訳すと
「歳をとり過ぎているからと断るわけではありません。(ここでアナタの告白を受け入れても)きっと後で寂しく思うことでしょうから(お断わりするのです)」という意味だ(たぶん)。
ようするに
「アナタはいまは情熱の力でそんなこと言っているけれど、この先わたしが歳とってヨボヨボになった姿を見れば、アナタはきっとわたしから離れていく。そのとき、わたしは寂しい気持ちになると思う。それを思うと怖いから、だからわたしはお断わりしたいのです」と言っているわけだ(たぶん)。
そう言われたので、大伴家持は先ほどの和歌で返事をしたのだ。
「歳なんて、オレにはかんけーねーし。アンタが舌出してベロベロバーになったって、オレ平気だし、アンタがどんなになってもキライになんてならないぜ。ますます好きになってやるぜ、本気だぜ!」と言っているのだな、つまり(ほんとか!)。
その後、二人はどうなったのか・・・そのあたりはもう二人の世界であろう。調べるのはヤボなのでやめといた。
ま、とにかくあっかんべーしているわけじゃないのだから、舌くらい出ていていいのだ。これからもどんどん出していいんだぜ、爺ちゃん。
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