今日はあなたへ向けて

 以前、自分に向けて書いた「うつの情景・メモ」を、こんどはたいせつな「あなた」にあてて書いてみたかった。



 自己陶酔とならないように、気をつけながら。






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 この世から消えてしまいたい。


 でも、自分では死なないつもり。かろうじて、それくらいの分別を持っているあなた。


 


 それでも、やっぱり消えてしまいたいと思ってしまうあなた。


 


 消滅したい。そっと消えてしまいたい。この世の自分の存在を、なかったことに、してしまいたい。


 


 地上の記録から、自分を消してもらいたい。家族の記憶からも消してもらいたい。自分がそこにいたことを、なかったことにしてもらいたい。情けない自分の存在を消してしまいたい。


 


 ここにボタンがひとつ、それを押したら自分が消えるボタンがひとつ、それがもしあったなら、この世にいなかったことになるのなら、みんなの記憶から消えるボタンがひとつあるなら、そんなボタンがあったら、それを押すかもしれない。それが、いまのあなた。


 


 もう、あなたには指先でボタンを押すくらいのエネルギーしか残っていないから。心の力を使い果してしまったあなただから。







 善意を受け入れる力を、いまは失っているあなた。

 心がすべてを否定してしまうから。



 


 自己肯定感を持てって言われても、持てないから苦しんでいるあなた。


 


 みんなちがって、みんないいと言われても・・・ 


 ほんとに? 


 ほんとにそう思っているの? 


 自分はそれほどちがっていないから、だから言っていられるんじゃないの? と、信じきれないあなた。

 


 


 「大丈夫か?」とか「がんばれよ!」とか、優しく声かけられて、「大丈夫です」「ありがとうございます」と、笑顔を作るあなた。


 


 でも、もうそう答えることに、疲れている。

 答えるたびに疲れていく。


 


 「本心で言ってくれているのですか?」と、心の中ではうがった見方をしてしまうあなた。




 


 「大丈夫だよ、そばにいるよ」と言われても、困ってしまう。

 

 しっかりとした信頼関係のない人から言われても、困ってしまう。


 


 


 「ありがとう」と答えながら

 でも、


 できれば、


 そばに、


 いないでもらいたい。


 


 そばにいられると、もっと疲れてしまうから・・・そう声に出してしまいたい。



 でも出せない。


 


 


 死ぬくらいならどこでもいいから逃げろって言われるんだけど・・・ 


 


 でも、

 どこへ? 




 どこへ逃げていいかわからないから苦しむあなた。


 


 


 自分のところに逃げてこいと言ってくれているのだろうか? 


 


 でも、いけない、そんなとこ。逃げていったら、きっと迷惑なんだろうし。

 


 そんな気をつかうところに、あなたは逃げてなんていけない。


 


 誰かに相談しなさいと言われても、そんなことできない。


 人に見せたくない心の部分で悩んでいるのに、それを相談するなんて、そんなことできない。


 


 情けない自分のことで落ちこんでいるのに、そんな情けないことを人に語って相談できるようなら、とっくにしている。


 


 


 元気を出させようと、元気な歌をうたってくれる人はありがたい・・・のかもしれないけれど。


 


 でも、元気な歌を聴くと、いまのあなたは疲れてしまう。


 元気な歌で、心がさらに消耗してしまう。


 


 


 とても立派な格言を聞かされても、いまはあなたの心を動かせない。

 


 くよくよするなと言われて、くよくよしないでいられたら、悩まない。


 気にするなと言われて、気にしないでいられるなら、苦しまない。


 


 「うん、わかるわかる、そうだよねー」と、あなたの言葉をしっかり聴きもせず、ただなんでもかんでも大きく肯いて肯定する声に、失望する。


 


 あなたの言葉尻を繰り返し「うんうん、そうなんだねー」と、いかにも「傾聴」の講習を受けてきましたからー・・・みたいな、心理カウンセラーの勉強してますからー・・・みたいな・・・「わたしがあなたを救ってあげましょう」という受け答えに思えて、心が消耗する。


 


 だから、その場から逃げたいから、その人の言葉に肯いている。逃げたいから、ありがとうと答えている。


 


 あっちに行ってもらいたいから、「おかげで気持ちが楽になりました」とお礼を言う。



 はやく、あっちに行ってください。

 わたしを一人にしてくださいと、震えているあなた。


 


 


 元気な人は言う。

 「それでいいよ」って言う。

 「そんなあなたが好きよ」って、言う。


 


 でも、言われたあなたの心には、そんな言葉は入ってこない。



 あなた自身があなたを好きになれないでいるのに。


 


 それを本心で言っているなんて、信じきれないあなた。


 


 


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 でも、ほんとに・・・


 なんとかしたいのに。


 あなたは自分のダメを認めることのできるあなたになりたいのに。


 自分をイヤだと思ってしまうあなたを、ほんとは好きになりたいのに。


 


 自分を認められない自分でもいいんだ。

 イヤらしい自分でもいいんだ。



 そんなダメなダメなダメなマイナスの自分でもいいんだと、あなたはあなた自身を納得していたいのに。


 


 それができずに、苦しむあなた。


 


 


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 お願いだから、

 信じてほしい。


 自ら命を絶たないかぎり、きっと大丈夫だということを信じてほしい。

 お願いだから、信じてほしい。


 


 いつかまた、頭の上には空があるんだなって気がついたり、窓の向こうに広い世界があるんだなって思い出したり、耳をすませば微かにでも小鳥のさえずりが聞こえてきたり、それまではモヤと耳鳴りの中にいたような世界が、すこーしずつ晴れてくるときがくるから、どうかそれを信じてくれないだろうか。


 




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 わたしはあの日々に戻りたいとは、けっして思わない。


 でも、あの日々のことに後悔はない。



 病んだおかげで、わかったことがいっぱいある。

 病まなければ、わからなかったことがいっぱいある。




 だから、わたしはあなたに「気を大きく持て」とか「小さなことでクヨクヨするな」なんて言わないから。


 


 「あなたより苦しい人はいっぱいいるんだから」とか「それは気の持ちようだから」なんて、けっして言わないから。



 あなたのことを、他の人と比べたりなんか、けっしてしないから。



 「お医者さんは役にたたない」とか「薬なんか飲んだってムダだよ」とか、そんなことけっして言わないから。



 あなたが病んで失ってきたのは、最初からあなたにはいらなかったゴミだから。そして、あなたが得たものは、宝だから。





 あなたが心を病んだというそれだけで、わたしはあなたを信じることができる。

 



 わたしは黙ってあなたの横で、あなたの好きなコーヒーを淹れていたい。いつかあなたがその香りに気づくかもしれないと願いながら。


 


 


 


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